
特集2 「教育の現場職員室から〜海星のいま・あした〜」
| 特集2「教育の現場職員室から〜海星のいま・あした〜」 | 下村和之 教頭先生 |
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同窓会の皆様、本年度より教頭となりました下村です。今年度は学園創立より60周年、またエスコラピオス学園海星高等学校創立50周年という、非常に大きな節目の年であります。その年度をこのような立場で迎える事に、私はその責任の大きさを痛感しております。学園は還暦を迎え、今後新しい周期へと入ってまいります。その新しい周期の海星がすばらしい躍進をとげる事となるよう努力しなけらばならないと思っております。 私もこの海星中学高等学校に勤めていつの間にか26年目となりました。その間、多くの生徒さんに出会い、卒業を見守る事ができました。男子校というものを自分の学生生活の中で知らなかった私にとって、この海星での生活は極めて新鮮なスタートを切る事ができた事を今も覚えています。学校に来てみるとまさに男ばかりの世界、その入学式を始めて見た時はある意味壮観でありました。大学では工学部という事で、それなりに男子の世界を過ごしてきていたのですが、黒い学生服に包まれた男子のみの体育館での姿の第一印象は忘れる事のできない形で残っております。それは新鮮さとともに、いい意味の緊張感を持って教職をスタートできる結果となりました。しかしながら、新米教師である自分の最初の数年は本当に生徒のみなさんに申し訳ない指導だったと今も反省しております。もちろんその後の指導が良いものだったかというと必ずしも言えませんが、ある時、生徒から教えられる事の多さに気がつき、片意地張った自分に反省することが出来た日から自分は変わる事が出来たと思っています。教師は指導者であるだけでは無いという当たり前の事に気がついたのですね。そのおかげで卒業式は常に生徒のみなさんへの感謝の気持ち一杯で迎える事が出来ています。誠に幸せな事であります。 私は今までの海星での生活を大きな財産として今後の教職に活かして行きたいと考えています。平常の授業やクラブの学校生活だけでなく、キャンプや修学旅行、アメリカやオーストラリアへの海外研修の引率、文化祭への準備活動など様々な場面での生徒の姿を見る事によって得たものは本当に大きな財産だと感じています。自分はそのような面から見ると、クラブの全国大会への引率もテニスだけでなく、スキーのような特別なものへの引率や、あるいはディベートの全国大会に引率させて頂くなど、本当に生徒のおかげで恵まれた経験をさせていただくことが出来ました。生徒によって自分の教師としての成長を助けていただいたことを実感しており、これをいかに生徒みなさんに返す事が出来るかが大切だと思っております。そしてそれが今後の海星の発展につなげる事が出来ればと考えております。 現在、社会では人間力という言葉が多く語られています。海星はミッションスクールとして常に人間教育を第一に考えて来たと思っています。その教育方針は昔も今も大切なものである事に変わりはないだけでなく、今こそ求められているものであります。そのような意味からも、海星中学高等学校の社会における役割はますます重要なものとなって行くに違いありません。その海星中学高等学校の教師は今後も生徒と共に成長し続けていきます。三重県の私学の雄としての自信を培いつつ今後も海星は存在していきます。 最後になりましたが、その海星にとりまして同窓会会員であります皆様の力がきっと大きな支えとなっていくと考えております。世界の多くの私立学校はOBの方々、地域の皆様の物心両面にわたる支えで成り立っております。今後、日本においても私立学校はそのような状況を迎えていくのではないかと私は感じております。そのような意味でも、この同窓会と学校のつながりは今後も重要なものであり続けると考えていますので今後ともよろしくお願いいたします。 |
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| 特集2「教育の現場職員室から〜海星のいま・あした〜」 | 渡辺芳教 先生 |
教師になって今年で36年になります。初めの頃はまさか三重県の人になるとは思いませんでした。振り返ってみるといろんな事(担任、生徒指導、クラブ顧問、進路指導など)が次々と思い出されます。数字を扱うのが好きで早くから進路に係わっていました。今のような進路の手引きは保護者からの依頼で始めてもう二十数年になると思います。その後、趣味がこうじて野球部の戦いぶりをデ−タなどから見ています。 |
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| 特集2「教育の現場職員室から〜海星のいま・あした〜」 | 水野学 先生 |
1978年に海星に来てから早25年が経過します。最初は他県の高校に就職しました。最初に就職した学校ということもあり、今でも大変懐かしく思っている学校です。5年後結婚を期に生まれ故郷の三重県に戻り、海星にお世話になることになりました。今回は海星赴任当時のことを思い出して感じたことを紹介したいと思います。 |
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| 特集2「教育の現場職員室から〜海星のいま・あした〜」 | 田中實乘 校長先生 |
今落ち着いて振り返ってみるに、あっという間の1年でした。これが今の私の偽らざる心境です。如何なる学園の事情とはいえ、お引き受けしたからには今日よりは明日、今年よりは来年と明るい海星の将来を念じつつ、精一杯の努力を提供して参ったつもりです。 |
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| 特集2「教育の現場職員室から〜海星のいま・あした〜」 | 浅野 先生 |
同窓会の皆さん、はじめまして。浅野と申します。はやいもので、こちらの学園に赴任して、はや10年の月日が経とうとしています。今思うとあっという間の出来事であったような気がします。その間いろいろな生徒たちと出会いそして別れ、この春にはこの学園での2度目の卒業生たちが大学の学業を終え、社会に巣立つこととなります。 |
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| 特集2「教育の現場職員室から〜海星のいま・あした〜」 | 別府せい子 先生 |
大学を卒業して一年後、海星高校に来ました。それ以来二十数年、私にとっては常に居心地のいい場所でした。生徒達との出会い、授業やさまざまな学校行事、印象深いことは多々あります。中でも自分が英語科ということもあり、今年で18回目を迎えた海外研修に関しては特に思い出深いものがあります。いままでにアメリカとオーストラリアへ合わせて7回、生徒達と一緒に参加し、それぞれの土地でいろいろな経験を共有してきました。また、3年に一度行く修学旅行は、準備は大変ですが、楽しいことの一つです。 |
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| 特集2「教育の現場職員室から〜海星のいま・あした〜」 | 鷺坂敏之 先生 |
皆さんこんにちは。平成5年度より海星でお世話になっております、美術科の鷺坂敏之です。私が着任するまで美術の授業は全て講師の方がしてみえたと聞いておりますので、海星では初の美術専任教員となります。 私の携わる美術教育は、音楽教育と共に「豊かな心を育てるための情操教育」として大切な位地におかれています。しかし残念ながら今の学校教育の中では、ごく一部の生徒以外は入試に関わりがない教科ということもあり、授業数が他教科に較べとても少ないのが現状です。それは海星でも同じことなのですが、生徒たちはその限られた時間内で精芋行っております。美術教員の役割は技術的指導はもちろんですが、生徒の持つ漠然としたイメージをいかに形として表現させていけるか、そのプロセスの中でいかに良きアドバイザーとして存在できるかが重要となります。当然マニュアルがあるわけではないので手探りの部分が多々あり、今だ勉強中といったところですが、自分の教員としての経験、そして物造りの研究をこれからも積んでいき、より上の指導が出来るように努力したいと思っております。 美術部の活動は年々活発になってきています。 今年も新たに巣立っていく生徒たちがいます。生徒たちからは「兄貴分」的な存在でいたいと思っていたら、いつの間にか「おじさん」的存在になってきました。いつの日か「親父」的存在になるのでしょうが、気持ちだけは歳を取らぬようにして生徒たちと関わっていきたいと思っています。RCの『僕の好きな先生』を地でいく美術教員を目指して。 |
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| 特集2「教育の現場職員室から〜海星のいま・あした〜」 | ホセ=ルイス=イルズン 先生 |
神父と先生 ホセ=ルイス=イルズン 30年以上前にスペインから来たイルズンです。 |
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| 特集2「教育の現場職員室から〜海星のいま・あした〜」 | 川村 浩晏 先生 |
私が海星に赴任した年は、東京オリンピックの翌年で、日本が高度成長の幕開けを迎えようとしていた頃でした。カラーテレビがようやく普及し始め、一般家庭では車はまだまだ高嶺の花でした。今はどうでしょう! 大学生が車を乗り回し、小学生でさえも携帯電話を持たないと格好がつかない時代です。「金と物」中心で温かみのない味気ない世の中になってしまったように思います。それと共に教育現場も大きく変わってきています。 [現在の授業の様子] [授業の中で感じること] 毎時間、授業以前の問題にかなり時間を割かなければならないのが現状です。時として、気力が萎えそうになることがありますが、ここで妥協をすれば海星らしさを放棄することになる… と思いながら、意固地になって昔ながらの授業を続けています。数年後には彼らも社会人となり、何れは一家の大黒柱としてやってゆかなければならないのですが心配でなりません。 |
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| 特集2「教育の現場職員室から〜海星のいま・あした〜」 | 増井 宣之 先生 |
![]() 教師になろうと決意したのは、中学3年の時でした。たまたま校内合唱コンクールの指揮者に選ばれたのが、今の人生のスタートでした。その時は、わけ分からないままやりましたが、当時の級友にも恵まれ、合唱コンクール当日の演奏は最高のものでした。この音楽を通じた感動をもっと多くの人に伝えたく、私の音楽教師への道はスタートしました。 |
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| 特集2「教育の現場職員室から〜海星のいま・あした〜」 | 下村 そのみ 先生 |
同窓会の皆様、こんにちは。海星中・高校の保健室で養護教諭をしています。下村そのみといいます。海星にお世話になって4年目です。 |
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| 特集2「教育の現場職員室から〜海星のいま・あした〜」 | 小津 清貴 先生 |
ホームページを開いてくれた諸兄は、師走多忙の中、元気に活躍されていることと思いを馳せ乍ら、請われるままに近況を綴りました。 |
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| 特集2「教育の現場職員室から〜海星のいま・あした〜」 | 烏田 信二 先生 |
同窓会の皆様、こんにちは。私は、卒業生ではなく、三重県の出身でもないのですが、ご縁があって海星に勤め、6年目になります。この地にもようやく慣れ、「住めば都」と思えるようになりました。 |
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| 特集2「教育の現場職員室から〜海星のいま・あした〜」 | 平井 弘 先生 |
私と海星の関わりは、故エンリケ・リベロ神父様が私の妻の英会話を指導してくださったことから始まります。 そのリベロ神父様はすでに神様のもとに召され、以来、海星は大きな核をなくしてしまったように感じます。今こそ全職員が一丸となって、亡き神父様の代役を務めなければならないと考えています。 |
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| 特集2「教育の現場職員室から〜海星のいま・あした〜」 | 加藤 和彦 先生 |
同窓会の皆様、初めまして。昨年度より海星でお世話になっております。今年の四月から担任を持たせて頂いていますが、生徒との信頼関係を築き、それを大切にしていくことを日々の努力にしています。 思春期の生徒たちは様々な悩みがあり、信頼できる誰かに頼りたい時があるはずです。 信頼される人間になるには、先生自身の努力と勉強が必要になるわけですが、その中でも、先生自身の価値観をしっかり持つことが大切であると考えています。これは個を尊重する現在の教育の流れに逆らうような考えかも知れません。三十人の生徒がいれば、三十個の価値観が存在するわけですから、先生の価値観を彼らに押しつけるべきでないという見方は、確かに正しいかも知れません。 教科指導においても同様のことが言えるのかもしれません。私は英語の四技能を高めたいという思いの中、勉強を続けています。その時間の長さが違うだけで、生徒も同様の思いを持っているはずです。 ここまで、手短ではありますが、自分の考えるところを書かせてもらいました。信頼される人間になること。明確な価値観を持ち、それを示すこと。そして、専門教科の知識を高めること。もちろん、これらは一朝一夕で出来ることではありません。自分自身を高める日々の努力を惜しむことなく、これからも頑張っていきたいと思います。 |
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| 特集2「教育の現場職員室から〜海星のいま・あした〜」 | 大庭 明 先生 |
個の尊重 今、学校教育がどうあるべきかという議論がいろいろなところでなされております。週休2日制の問題が議論を呼び、それに伴って教育というものが新たに見直されてきています。時代が変わっても、教育というものの本来のあり方は、どのような生徒であっても、1人1人の生徒が大切にされ、1人1人が持っている能力を教師が引き出していくことであると思います。人によって能力が異なっていますが、その異なりを、指導する者が見極め、1人1人に合った対応をしていくことであると思うのです。 |
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| 特集2「教育の現場職員室から〜海星のいま・あした〜」 | 伊藤 仁 先生 |
楽しい仕事 毎日働き続けることはなかなか大変なことであります。 学校とは集団教育の場です。一人の生徒に一人の教師がついているのではありません。人間ですから必然的に“好きな教師”“嫌いな教師”や“いい生徒”“いやな生徒”という気分が生まれます。でもさまざまな年齢層の教師集団といろいろな人間的感情の入り乱れる中でこそ集団教育の良さが発揮できるのでしょう。今年も海星の学び舎からたくましく成長して巣立っていく男の子を見送ることができそうです。 |
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| 特集2「教育の現場職員室から〜海星のいま・あした〜」 | 倉田 純夫 先生 |
御無沙汰しています。卒業生の皆さん、如何お過ごしでしょうか? この様な情況のもと、今年の6月頃、突然卒業生(昭和57年3月卒業)から電話がありました。 話は最後になります。“担任を酒の肴に”話題が弾む様に2時間程で退席しようと思ってましたが、 |
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| 特集2「教育の現場職員室から〜海星のいま・あした〜」 | 川村 厚志 先生 |
躾教育の大切さ 同窓会の皆様初めまして、私は昭和63年度より海星でお世話になっております川村です。早いもので15年が経とうとしています。係の先生より上記の題材で何か書いて欲しいという事なので、私の考えを想うままに書かせていただきます。 私の場合、「21世紀の海星を想う」というよりも「21世紀の日本を想う」とした方がいいのかもしれません。長く海星にお世話になり、私なりに1つ大きな事を学ぶことが出来ました。それは、家庭(今では学校が中心となっていますが)での「躾教育」の大切さです。 最近流行りの「ゆとり教育」「生徒の自主性尊重」というのが、よく教育の場で言われておりますが、これも「躾教育」が土台にあってこその賜物だと私は思っています。躾のない「ゆとり」と「自主性」は一歩間違うと「刃物」になってしまうこともあります。 では「躾」の中心とは何でしょうか? 甘やかされて育てられたこんな私に、そう簡単に答えが見つかるとは思いません。でも、私の好きな戒めの言葉にこんなものがあります。「ならぬ事はならぬものである」(会津藩童子訓)。すなわち、「駄目なことは誰がなんと言っても駄目なんです」。そう、人によって感性・主観は違うけれど、誰が考えても間違っていることは生徒にさせてはなりません。簡単だけれど、こんな事が「躾」として、まず一番大切なことではないでしょうか。こんな風に少しでも生徒の考え・行動の間違いを正してゆければ、これからの21世紀、「いい物」が見えてくるはずです。 これが私の「21世紀の海星」「21世紀の日本」に対して想うことであります。 |
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| 特集2「教育の現場職員室から〜海星のいま・あした〜」 | 坂倉 勝巳 先生 |
同窓会の皆様はじめまして。平成元年より海星でお世話になっています英語科の坂倉勝巳と申します。現在、進学特別コースの一年生の担任をし、水泳同好会の顧問をしています。 |
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| 特集2「教育の現場職員室から〜海星のいま・あした〜」 | 田中 やよひ 先生 |
私の選んだ仕事は「先生」 一番前の生徒が笑顔で話しかけた。 私は教室の小黒板に次のような次のようなことを書いている。「守って下さい決められたことは。協力して下さいみんなの為に。努力して下さい自分の為に。」と。これは教室が替わる度に必ず書き続けている私の基本の気持ちである。生徒達は無視しなければいつも目にすることになる。「基本があれば1を100にすることだってできる。」と言ったのは2002年ワールドカップ日本代表中田英寿の言葉であるが、確かにそう信じたい。大事なことは人間としてやるべき基本的精神は不変であり、考える正義も同様であると思う。 朝7時に学校に着いてから、部活も終わり学校を出るのはやはり夕方の7時前になってしまう。1日の半分を私は学校にいる。いつの間にか教師という仕事が「人生」になってしまったと感じる。自分の部屋の窓・カーテンを開けるように教室で同じことをやり、放課後は大黒板に毎日違う内容を板書する。この言葉のいろいろを楽しみにしている生徒もいる。だから大きい字で元気一杯その日に合わせてメッセージを伝えるようにしている。古いタイプの教師であるかもしれないが、どんな場合も大切なことは一生懸命で話し、接することと考えている。 私の仕事は「先生」。学校という舞台で多くの可能性を秘めた少年達を主役に育てる役目をこれからも限られた時間の中で精一杯続けていきたい。 |
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| 特集2「教育の現場職員室から〜海星のいま・あした〜」 | 坂本 孝 先生 |
平和を想う 世界が戦争の渦に巻き込まれた激動の20世紀が終わり、新たな平和が期待される21世紀が始まった途端、9月に世界中を震撼させる例のテロ事件が起こった。信じられない光景に、この時ほど平和への切なる願いを感じたことはなかった。その2001年度、3月に海星高等学校第50回目の卒業生を送り出し、それぞれが自分で選択した新たな人生を進むことになった。この21世紀の初めの大事件の記憶は決して忘れることはないと思うが、卒業した彼等のうちの幾人かは、今後の平和のために尽力し貢献する人々の中に含まれるような人生を歩まれることを心から期待している。 |
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| 特集2「教育の現場職員室から〜海星のいま・あした〜」 | 北村 晧倫 先生 |
動き始めた「海星」 海星にお世話になり、はや三十年。今振り返ってみますと、先輩の先生方を目標に「死に物狂い」「必死」という言葉がぴったりの毎日でした。教師である限り教科担任業務は当然のこと、同時に伝統ある野球部の部長、三重県高野連理事、学年主任、生徒指導部長と様々な分野の業務をこなし、現在に至りました。これも偏に学園関係者の皆様方のご支援、ご協力のお陰と心より感謝いたしております。 しかしそれは別として、全くと言っていいほど動きのなかった本校も、最近やっと動き始めました。学校長自ら早朝の校門に立ち、登校する生徒を指導する。さらに早朝の課外授業を行う等、頭の下がる思いがいたします。当然のことながら職員室の雰囲気も変わり、若い先生方も生き生きとして充実した教育活動を行っているように見受けられます。生徒達も雰囲気の変化に敏感に反応し、勉学にクラブ活動にと緊張感のある生活を続けております。また生徒会活動も指導力のある生徒が中心になり、理想的な学園をめざして活動しております。 |
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| 特集2「教育の現場職員室から〜海星のいま・あした〜」 | 西原 光郎 先生 |
先日、高体連に登録するために部員の名簿を作成していて、ふと手が止まってしまった。 今日、その子達が練習が終わった後、道場で何やら大変盛り上がっている。何だとのぞいて見ると、引退したばかりの3年生に坊主頭にしてもらっているのだ。それも自分達から言い出したらしい。どうやら昨日のインターハイ予選が尾を引いているようだ。 |
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